ダメ親父伝

1973年生まれ、マンホールを磨くダメ親父のブログ=_=)

両親を憎んだこともあった。そんな僕も今では father

 

誰も憎むもんじゃない! 

ダメ親父伝

 

 

 

父親、母親が誰にでもいますね。

そして僕たちも父親、母親になる時が来る。

我が子が産まれた時の喜びは言葉にならないでしょう。

 

「赤ちゃんの手」の写真

 

皆、同じです。

誰もが我が子を「可愛くない」

とは思わないはずです。

そして親は精一杯我が子を可愛がり、できるかぎりのことをしてやり成長を見守ります。

 

ですが不幸にも両親からの愛を受け取れないまま、育っていく子供たちがいるのも事実です。

 

今僕も父親になり、我が子のことを心から愛し、今日を生きていてくれることに感謝する毎日です。

 

世の中には暴力、虐待、貧困、差別などで本人にしかわからない、僕たちの想像を絶する環境の中で育っていく子供たちも多いでしょう。

僕の生い立ちなど、そんな人たちに比べたら、大したことではないですが、今日は少しだけ書かせていただきます。

 

僕の両親は僕が小学6年生の時に離婚、弟はまだ小学2年生でした。

離婚の原因は父親が仕事もせずに、朝から酒をあおり、生活が苦しくなったからです。

いわゆるアル中ですね(僕もほぼアル中ですが(´;ω;`))血は争えません。

父親は腕利きの大工で修業を積んだ後、独立し工務店を営んでいました。

仕事も順調で従業員を使い、いい仕事をしていたようです。

ですがお酒という暗黒世界に落ち、やがて仕事をしなくなり、従業員にも給料を払わない状態になりました。

そんな父親を見捨てなかった母親は夜の仕事に出るようになり、生活を支えましたが、やがて愛人をつくり、そこから離婚話が進んだようでした。(仕方ないと思います)

僕たち兄弟は先に家を出た母親に「どうするか」と聞かれた記憶がありますが、幼い弟は母親についていくに決まっています。僕も母親についていくと言ったのでしょう。

その後は母親のパートナーと僕たち兄弟の4人での生活が始まりました。

母親のパートナーも僕たち兄弟を普通にかわいがってくれていたので、違いと言えば家が小さくなったことと、転校先でうまく周りになじめなかったことくらいでした。

ですが、そのパートナーも決まった定職についておらず、僕が中学1年生の時に再度引っ越し、転校することとなりました。

今思えば、その転校先での僕へのいじめは(具体的には書きません)かなりきついものがありつらかったことを思い出します。

母親に相談など情けなくて言えない僕は学校に行くのがいやでいやで、ここでは書けませんが、下手をすると死んでもおかしくないことをしてなんとかずる休みしようとしていました。

そんなころは両親のせいだと憎んで、恨んでいましたね。

いじめは続いていましたが、友達も数人いたので、なんとか乗り切ることができていました。

でも僕はもともと、気が弱いわけではないので学年全員が集まる集会の時に我慢の限界に達し、僕をいじめていた番長グループ(今や死語)のリーダーに殴りかかりました。

一発まともに入ったはずなのに、さすが番長!その後ボコボコにされた僕(´;ω;`)

でもその日を境にいじめはすっかりなくなりました。

結局は僕個人の問題で、誰かのせいではなかったってことです。

家計は相変わらず裕福になることはありませんでしたが、母親はパートナーと別れた後も、よく働き、僕たち兄弟を育て上げました。

父親からは一銭の援助もない中よく頑張ったなと今は思います。

 

僕が21歳の時に父親は43歳でこの世を去りました。

はっきり言ってその時はもはや、何の感情も湧きあがらず、涙の一つもこぼれませんでしたね。考えていないつもりでも、どこかでまだ憎んでいたのでしょう。

 

僕は24歳で今の嫁ちゃんと結婚しました。(5年かけて口説きました(´;ω;`))

その後娘が産まれ、父親になりました。

その時くらいから、両親に対する思いが少しづつ変わっていきましたね。

母親にも感謝するようになり、初めて正直に向き合えるようにもなりました。

(今はめちゃくちゃ中よしですよ)

娘にだけは僕たちのようなつらい思いはさせたくないと心から思いましたが、僕もしょせんはダメ親父、借金や浮気で嫁ちゃんを泣かせたこともあります。(ゴメン)

男を育てるのは女次第と言いますが、まさしくその通りで僕は嫁ちゃんと出会わなければ父親と同じ道をたどっていたかもしれません。本当に感謝です。

今の暮らしもぜいたくはできませんが、家も持つことができ、人並の生活を送っているつもりです。

そして僕が44歳になったとき父親が生きた年齢を超え、父親への思いも変わり始めた。

父親も僕たち兄弟のことを愛していたことに違いはないはず、決していい父親ではなかったが、それでも僕の父親、一緒に酒を飲めればよかったなとも思うし、おやじ同士で話をしたかったなとも思えるようになり、今は父親を認め、許している。

両親を憎んでいても、恨んでいても僕は父親になることができた。

そして嫁ちゃん、子供を心から愛することが出来て、僕は幸せだと思う。

(もうちょいでこっちが捨てられるところじゃったけどね)

 

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僕なんかよりもはるかに過酷な苦労や、悲しみを経験して、父親や母親を憎んでいる人もいるでしょうが、どんな過去があっても必ず誰かを愛するだろうし、結婚もするでしょう。そして我が子が誕生すれば、両親への思いも少しはかわり、歩みよれるんじゃないかなと思います。

こどもは親を選べませんから、もし僕と同じような境遇で生きてきたならそれを反面教師にして、我が子を大事に育ててあげください。

長くなりました。そして乱文で申し訳ありません。

見返す時間がないのでこのまま投稿します。

今日はこの辺で失礼します。

 

ご清聴ありがとうございました。

 


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